大学生の夏休みは長い。うちの学校の休みは秋分の日までだ。今までずっと9月1日が始業式だったから、14日生まれの俺はだいたい学校でみんなに祝ってもらえたのだけれど、今年はどうやら、自分で工夫しなければ寂しい誕生日になってしまいそうな予感。



PREINIT.#3
(easy sign)




 大学の友達とは休み中もわりとよく会う。というのもゼミで課題が出たからなんだけど。
 克朗ともよく会う。
 1年目にさっそく出された夏季課題は思いの外量が多く難関だったため、頼らせてもらっている次第だ。とは言っても俺は休みに入ってからバイトを始めて、克朗は克朗で部活が忙しいらしく、会うのは週1回くらい。今が火曜で明日が俺の誕生日なんだけど、一番最近に会ったのは、確か先週の土曜だったかな。その時は特に変わったこともなく、いつも通り…誕生日なんて自分から言うもんじゃないし。男なら尚更。
 俺は携帯アドレスの中に「830914」って入れてるから、もしかしたら…って淡い期待を抱いたりしたんだけど、よく考えたら(考えなくても)克朗はいつも面倒だと言って基本的にメールより電話派だった。なんでわざわざ文字にしなきゃいけないんだ?とか言われた事がある。もしかして年配者向けのアレな携帯使ってんじゃねえかと思わせる発言だ。因みに普通の紺色のやつだったけど、メールだけでなくカメラや赤外線の機能もあってないようなもので。電話が繋がらなかった時の伝言くらいにしかメールを使わない克朗が俺のアドレスをちゃんと覚えてるわけがない。
 そういやこないだ同じゼミの女子が、「アドレスに誕生日入れてる人は寂しがり屋」みたいな話をしていた。誕生日を祝ってほしいからアドレスにこっそり組み込んだりするんだとか、そういう考えらしい。……余計なお世話だ。


 そう思いつつも、14日のバイトを休んでしまう俺はなんて痛々しいんだろう。この週は他にゼミの集まりとか家の用事とかが立て込んでたから、休みを取るのはかなり大変だった。けど、その日は克朗も部活が休みだって言うし、頑張って取ってしまったんだ。まあ、例え何事もなく課題をこなすだけだとしても、バイトよりはいいだろうし…とか言い訳してみたりする。


 夕方、バイトの帰り道で携帯が鳴った。高校の野球部仲間からだった。
「もしもし?」
「あー〜?お前まさか今夜空けてんだろうな?」
「たりめーだろ」
「よしきた」
 高校の時、毎回決まって開いていた誕生日祝いは今年も続いている。既に2、3回開かれていて、今度は俺の番というわけだ。事前に約束はなかったけどそれはいつものことで、メンバーの中で一番広い所に住んでる奴の部屋が会場。今回は夏休み中だけあって、遠くの学校へ通ってる奴とも会えて嬉しかった。日付が変わったところで胴上げされて(これも恒例)イマイチ実感はないが俺は19歳になったわけだ。
 夜もとっぷり更けたところでお開き。家が遠い奴はそのまま泊まりだが、俺は近いので帰ることにした。女々しくも、ずっと鞄に入れたままだった携帯をドキドキしながら確認してみる。メールが数件、着信が1件。すぐに着歴を確認したら、だった。まあこう言っちゃ本人に悪いけど、正直ちょっとがっかりだ。メールも全部確認したが、高校の友達やゼミの仲間からだった。
「(ま、当然っちゃ当然なんだけど…)」
 1つ1つ返信するのは後に回して、とりあえずに電話。呼び出し時間がかなり長かったようなので申し訳ない。この時間だが起きてるだろうか。
「もしもしィ?やーっと繋がったな」
「遅くにごめん、部活の奴等に祝ってもらってた」
「あー、まあそんなもんだと思った。とりあえずおめでとうな」
「マジありがてーよ、サンキュ」
「いーえ〜。で、今年の誕生日はどうやって過ごすんだ?ん?」
「……早速嫌味かオイ」
 は入学して早々に彼女を作っていた。まあ器用で気が利いて面も平均以上のあいつがモテないわけはないんだけど、よりによって学科の中でも指折りの美人を落としたと聞いた時は正直驚いたというより呆れた。ガラにもなく相当入れ込んでるようで、学校でもどこでも、会うたび2人一緒にいる。ちょっと前の彼女の誕生日にゃペアリングをプレゼントだとか、なんだとか。こうもデレデレされてしまうと、その辺まったくもって縁のない俺には自慢話か嫌味にしか聞こえないわけだ。
「わりわり、そーゆーつもりじゃなくてさ。予定ないなら俺とどう?」
「は?どうって…お前は愛しのあの子とデートだろ」
 一昨日あたりに課題についてメールしたついでに聞かされた。14日もどこだかへ遊びに行く(自慢話は聞き流すのに慣れたので詳しく覚えていない)とか言っていたのだ。
「いやそれがさ、あいつの友達に今フリーの子がいるらしくて。同高の友達で大学は違えけど、どーよ」
「何がだよ」
「誕生日に免じてダブルデート組んでやっても構わねーっつってんの」
「あー…」
 ダブルデート…なんて青くて若々しい響き。遠い目をしているのが電話越しにも伝わったのか、が溜息をつく気配がした。
「おいお前大丈夫かよ?最近恋愛沙汰の話には全然食いつかねえしよー、渋沢のオヤジ伝染ってんじゃねーの?」
「…お、オヤジ病、って…お前」
 俺に対して本人のいないところでの克朗の話は禁句だ。なんか恋バナみたいなテンションになる。動揺は伝わらずに済んだようだけど、電話でよかった。
「もったいねーぞ〜結構カワイー子らしいし!まーうちンとこにゃ敵わねーけど?」
「あーはいはい。つーか俺明日は予定あるから。他当たってくれや」
「は!?おま、そーゆうのは早く言えよ!え、何?何だよ予定って!」
「内緒。じゃな!電話サンキュ」
「あ、ちょ、まて…!」
 最後まで聞かずに電話を耳から離し、電源ボタンで通話を切った。あいつは自分の事だけで十分幸せ手一杯のくせに、やたらと人の事情に首を突っ込みたがる。それがなんだか女持ちの余裕に感じて俺は面白くないわけだが…そんなわけで明日の予定の相手が克朗なんて尚更言えない。




 家に着いたのは結構な時間だったが、すぐに風呂に入って寝て、約束の時間に間に合うようにちゃんと起きた。克朗の家までの行きなれた道を歩く。因みに俺一人の時はエレベーターを使っている。
 インターホンを鳴らすとすぐにドアが開いた。
「おはよう」
「どーも。またお世話になります」
「どうぞ」
 部屋の中は適度に冷やされていて気持ちよかった。まあ克朗の事だからもちろん設定温度はいつも28℃なんだけど、暑い中を歩いてきた俺にはとても涼しく感じるわけで。
「飯は食べてきたか?」
「ああ、大丈夫だよ、サンキュ」
「そうか」
 向かい合わせに座って、なかなか片付かねーなーとぼやきながら俺が課題を取り出すと、克朗は一際真面目な顔で、何やら言いにくそうに
「…そういえば、
「んー?」
「今日、誕生日だったりしないか?」
「………は?」
 今日1日そのことは忘れていようと思っていた俺は、いきなり指摘されて間の抜けた声を返してしまった。的外れな事を言ってしまったと思ったのか、克朗は取り繕うように右手をひらつかせる。
「いや、メールのアドレスがそうなってたから、もしかしてと思ったんだが…違ったか?」
「……い、いいや、違くない!!そう、その通り!」
 今にもすまない、と言い出しそうな顔で確認してきたので、俺も慌てて肯定した。必死さが可笑しかったのか、克朗はほっとしたように笑う。
「そうか、じゃあも19歳になったんだな。おめでとう」
「ありがと……て、「も」ってことは…まさか克朗、もう?」
「ああ、そうだが」
「え……えー!!いつ!?」
「7月の29日だが…」
「7月29!?」
 その時俺なにしてたっけ、と携帯のスケジュール帳で振り返る。
「夏休み始まってんじゃん!」
「そうだな」
 その頃既に俺はバイトを始めていて。前の日も後の日も、予定が書き込んであるから克朗とは会ってない。
「マジかよ〜…ごめん」
「いや、なんでが謝るんだ、何も悪くないぞ」
「だって…てか言ってくれよー!」
だって何も言わなかったろ」
「…そうだけど」
 克朗はアドレスにだって誕生日入ってなかったし、ノーヒントだったじゃないか。
「まあ気にするな。それで、これなんだが」
「……え、まさか?」
「良かったら貰ってくれ」
「い、いいよ!だって俺何もあげてないし…」
「いや、これはが使わないと意味のないものだから」
 不思議に思い克朗の差し出したものをよくみると、その箱はペンケースのよう、というかペンケースだ。目で確認すると笑って促してくれたので、遠慮気味にぱかっと開けると、中には赤と青のボールペン、修正液と定規。
「これで完璧だろう」
「…なるほどね」
 俺は面倒がって授業にボールペン1本とかしか持って行かないことが多くて、奇麗に色分けされた克朗のノートを写すときも黒一色だった。間違ったら修正液、グラフには定規を借りて。その度に、それくらい買ったらどうだ、と克朗に言われていたのだ。まあ結局買わずにここまで来たわけだけど。最終的に克朗がプロデュースしてくれたらしい。
「いやーありがと。来学期から使わせてもらいます」
「そうするといい」
 それなりにセンスのいいそれを両手に挟んで、拝むように感謝。
「―あ!あと、お返し…」
「ああ、いいよ。気にするな」
「いや、俺の気が納まらない!じゃあ…29日!今月の29日に渡すから!2ヶ月遅れだけど…」
 克朗は本当に遠慮するつもりだったようだけど、俺があんまり強く押すから結局折れて、ちょっと困ったように笑って「ありがとう」と返した。


 それでお返しを買うことに決めたはいいが、後になって考えてみたら、何を買えばいいやらさっぱりで。授業開始は間近だけど、まだどっちの課題も終わっていない。



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2005/9/14  background ©m-style